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へこたれないぞぉ~!

ただ今就職活動中の私です。
昨年11月に10年ぶりに仕事復帰を果たし、やっとの思いで保育園に入れた息子。
彼はご機嫌で保育園生活を楽しんでいます。

数か月前から会社の中がゴタゴタし出して社内事情は複雑な状況となり、
長期で働くにはとても厳しくなり、辞めざる得ない環境となりました。
いやぁ~、こんな事ほんとにあるのね・・・(涙)
テレビニュースになるかと思いました。
巻きこまれなくてよかった・・・。

10年の企業ブランク・・・、小さな子を持つ40代の母、特殊な技能や資格がなく
転勤や出産などで仕事も途切れ途切れと言う事が焦りに繋がってしまったのだと思います。
会社の下調べをあまりせず、面接日当日にその場で合格と言われ、
小さいながらも一等地の街中のオフィスビル内にある会社だった事もあり、
しっかり考えずに返事をしてそのまま働き出しました。
焦りで見失ってしまっていた部分があったのだと思います。
でも・・・求人票や面接担当の人と話しただけでは、入社してみないと分からない事もある。

だから今回はしっかり考えて結論を出そうと思います。
厳しくても、家庭、子育てとバランス良く日々の生活を送る事ができる仕事に出会うまで。
幸い私が住む町の保育園では、誓約書を提出し再就職まで3か月の猶予があります。

どんな働き方ができるだろうか?
社員と言う道は最初から考えていません。
数社の名の知れた派遣会社へ登録しましたが、担当者と話す度に派遣と言う働き方も
私自身には合わないと感じました。

ただ最近では、パート採用時に派遣会社に依頼し、その後直接雇用と言う形も
少なくない為、一部の派遣会社では子供がいる40代女性にも優しい派遣会社が
ある事を知りました。
パート型派遣と言うそうで、このような形の派遣なら私にもチャンスがあるかも?しれません。

来年から息子は小学生、留守宅児童館の状況や時間も考え、
基本的にはパート社員と言う働き方に絞る事にしました。
我が町にはない為、隣町のマザーズハローワークを利用し、何度も足を運びました。
予約制ではありますが、マザーズハローワークは個別面談ができ、電話で問い合わせできる
システムになっています。多分知らない人も多いと思います。
もっと多くの人に知って欲しいと思います。

この会社・・・やばいかも?入社して暫くして感じる事が多々あり、転職する事を目標に
仕事が決まった後も、何度か足を運び、キャリアカウンセラーの方と話をしながら
たくさんの事を知るきっかけや、自分が一人の女性としてどう言う形で仕事をし、
将来自分が目指すところを見つける機会を与えてもらえた気がします。
私にとっては幸運な出会いにまた一つ巡り会えたと言う思いがあります。
彼女と話す度、背中を押してもらえたり、元気をもらえたり。

きっと一般的なハローワーク窓口では機械的な作業となりがちですが、
マザーズハローワークは個人面談制である事が私にとってはプラスの要素となりました。

ぜひぜひ、小さい子がいるからと諦めないで足を運んでみて欲しいと思います。
小さな子がいる女性だけではなく、未成年の子がいる母である女性は誰でも
利用できるのです。

女性が働くと言う部分では、日本は欧米に比べて、まだまだかなり遅れているようにも感じます。
面接時には、ガッカリさせられる発言を多々耳にします。
いくら就職難の時代と言われても、そのような会社には辞退の返事をした方が良いと
経験者の人達は話しています。きっと続かない・・・と言う事です。

夫にはいつも言われます。技術畑で転職経験がない夫。
俺やったらいくつか面接落ちたら立ち直られへんかも?
めげで気持ちが萎えるわ。おまえは強いなぁ~と。

時には凹みますが、泣き言なんて言ってられません。

電車の中で見かける新社会人を目指す学生さん達。
何となくスーツ姿が板についてなくて、疲れた顔で携帯メールに齧りついてる。
彼らにだって厳しい就職戦線。
負けたらあかんでぇ~と心の中でつぶやいてる私。

でも、私の方がちょっとだけスーツ姿、似合ってるかも。
君達には若さがある。
若さには敵わないけど、経験とたくさんの人との出会いが教えてくれた
心の豊かさは、負けてる気がしないも~ん。
だから、おばちゃんも凹んでばかりもいられへんから、
まだまだ頑張るのだぁ~!

で、ちょっと疲れてきたら、心を切り替えられる居場所探して旅します。
今から、ちょっと行ってよい?うん、ええよぉ~♪と言ってくれる人が
家族以外にも私の周りにはいます。
そんなにたくさんじゃないけど、ずっと、ずっと大切にしてゆきたい。

充電したら、明日から頑張るぞぉ~って息子と乾杯します。
父が仕事遅くなっても、息子と一緒に今日は二人とも頑張ったねと
理由がなくても乾杯する私です。

乾杯ぱぁ~い!(カチン…グラスの音)あぁ~と二人で顔を見合わせ笑います。
私らはオヤジかぁ(苦笑)


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先日、姪っ子が石巻、多賀城の避難所に行ってきたそうです。
大学の先生が防災やランドスケープに詳しく、先生の呼びかけで希望者に急遽
声がかかったそうです。

大学のある兵庫県の三田市から貸し切りバスで車中往復2泊、
中1泊は学校の先生宅(仙台市)と親戚の家に17人の学生が宿泊しました。
現状では、お風呂には入れなかったとの事。

避難所になっている学校ですが、子供達の学校を再開する為に、
同県で比較的被害の少なかった学校で、子供達受け入れ学校と学校のパイプを繋ぎ、
早々に学校生活が送れるようにと言う調査と、実際の泥や瓦礫の撤去などの支援など・・・。
客観的にみれば、行政がやるべき事なのかもしれませんが、
行政自体大きな問題を抱えすぎて、機能できてない事もあるようで、
行政関係者と一緒に行動していたようです。

丁度夫と姪が入れ違いになり、余震が続く中の出発だった為、両親が心配していたので、
団体行動であり、先生が知識がある事、比較的被害が少なかった場所に私達の友人知人がおり、
土地感がある場所であると言う事を伝えたところ、少しホッとして娘を送り出せたようでした。

学生はやはりタフです。
先生の気持ちに賛同したしっかりした気持ちを持ってる学生達ばかり。
姪っ子の話を聞いて感じました。

タフな先生にタフな生徒達、まだまだ捨てたものじゃないよ日本の先生も学生達も。
嬉しくなりました。
学生達はタフです。皆が繋がり大きな力になって欲しいと願います。
現地では仙台のとあるが大学の学生達との交流もあったとの事。

短期ではなく長期で自分達に出来る事を考えながら、
そして今以上にできる支援を考えつつ支援を続けていきたいようです。

姪っ子の希望もあり、東北から帰って来たばかりの夫と
その日車中泊し、早朝戻って来た姪っ子と一緒に食事をしながら、たくさんの話が聞けました。
そのタフさにはビックリです。

私は一人身動き取れず、私にできる事を探し続る日々です。
一つずつですが、あの日から自分に出来る事を見つめ続け実行しています。
多くの人の力にはなっていないかもしれませんが、身近な小さな子がいる友人達から・・・です。

そして、仙台に住んでいた頃、私を笑顔にしてくれた友人達の力になれればと思いながら、
やっぱり毎日を過ごしていきます。

タスキプロジェクト(TASUKI PROJECT)

阪神淡路大震災の後、大伯父と大叔母は生きる気力を失ってしまいました。
とても元気でシャキシャキした関西のおじちゃん、おばちゃんだったけれど、
残念ながら、地震前のあの元気が戻る事はありませんでした。

周りには、家族、孫なども寄り添っていたのですが、
何年も何年も、心が壊れたままで元気が戻る事はありませんでした。
数年前に、心が壊れたまま天国に行ってしまいました。
悔しかったです。

年をとって新しい環境や新しい事を受け入れる事は、
私達が思うよりとても難しく、気力を必要とする事かもしれません。

何かしたいけど、私達にできることは?と葛藤している皆様、
これなら私達にもできる直接支援と感じました。
阪神淡路大震災に直接関った方達が始めた活動「TASUKI PROJECT]

http://twitpic.com/4d1gvg
沢山の人にTASUKIで繋がりますように。

明日の私へ

夫が東北入りして三日目。
予定は3週間、いつになく不安そうだった。
岩手の空港から、迎えに来てもらって南下しながら仙台へ。
昨日、一昨日は盛岡泊。
今日は一関、明日から宮城気仙沼、一人で動くのではなくチームで動く。
緊急車両登録車も数台あり、放射能数値測定機を持っての東北移動だと聞いて
少しビックリした。

企業の技術職として動いているが、時として危険を伴う作業でもあるので、
余震が続く中の作業は心配じゃないと言えばウソになる。
多くの頑張っている企業の方達と同じく、普段から24時間体制の会社である為
地震当日から上司はかまぼこ一切れの晩御飯、車中での夜を仙台で過ごした。
彼もまた小さな子を持つ父。
とにかく現状確認把握し、山形、新潟経由で数日後東京へ戻れたようだ。

仙台の宿泊施設は営業停止状態なので、
会社が予約をとった県外の宿泊施設を日替わりで転々としながら、
仙台を含む東北を移動してゆく。

阪神大震災の時、車が通れない道路の事を考え、リックを背負ってミニバイクに乗って
神戸の焼け野原へ通った彼ら。

結婚前だったので、当時私は実家暮らし。
寮生活だった彼に私の母が避難場所の方と彼の為に
おにぎりやらおかずやらいっぱい作って持たせてくれた。
年配の方用の下着(らくだのぱっち)なんかを彼に託した。
当時救援物資はおにぎりが多く、おかずが口に入らなかったり、
あたたかい下着の救援物資が届くようになる以前だった為、
とても喜んでもらえたと言っていた。
うっかり彼は自分用のお弁当も避難所の方に全部渡してしまって、
自分はほぼ食事をせずじまいだったなぁ~なんて記憶が蘇る。

だけど・・・仙台に住んでいた5年間、地震の小さな揺れも怖くて怖くて
ずっと不安だった。
阪神大震災後、かなり長い間パジャマで眠る事ができず、
ずっと服を着たまま眠っていた。

今回もまた軽装でと言う会社からの指示で、リュックに最低限の荷物を詰めて
朝一番の飛行機に乗って岩手の空港に向かった夫。
不思議だけど玄関でハグして送り出した。

朝昼晩とどちらともなく、お互いの仕事の休憩時間を見計らってメールを交わす。
ご飯食べれますか?今日は何処へ?
お風呂には入れますか?など。

彼からは、仙石線一部の範囲で動くらしいよ・・・とか
盛岡のガソリンスタンドは少し並ぶが入れられる・・・とか
メニューはいつもより少ないが、盛岡のぴょんぴょん舎本店は
通常通りの営業で食事はできた・・・とか
ヤマト宅急便は大阪ー仙台翌日荷物がついたとか・・・。

それを以前通っていた幼稚園のお友達ん家のブログへ身近な場所の情報として
必要かと思われるものに関してメッセージを残したり、
小さな子がいて身動き取れない友達の携帯へメールを送ったり。
すると彼女は必要な情報だけ選んで、自分のブログの情報として公開する。
幼稚園のお友達の情報源となっているからだ。
彼女は家が住める状態ではなかった為、現在県外の実家に避難している。
また仙台近郊の情報をもらって主人にメールする。

彼女のブログと幼稚園側と保護者の連携で、幼稚園関係者の安否と居場所
全て確認が取れたとブログ掲示板。
彼女のブログの掲示板を見て、息子と同じクラスだったたくさんのお友達の名前が
並んでいて、ホッとした。

ここ数日、発信できる情報を探したり、小さな子を抱える仙台の友人へ
生活品を送る準備をしたりと気持ちだけが何故が落ち着かない。
準備しながら、やはり個人で用意できる物資には限界があると痛感している。
自分達の生活を保ちながら、援助できる資金にも限界がある。

比較的被害が軽かった地域とされる場所でも、ガソリンの調達ができず身動きできないし、
スーパーでおむつやミルクを買うのも5時間ならんで一人10品まで。
お米が調達できず困っている様子、保育園は再開したが給食室が壊滅状態の為、
お弁当とおやつ持参だが、お弁当に持たせるご飯が調達できないと・・・。

宅配便は営業所止めの為、自分で荷物を取りに行かなければいけない。
自転車で取りに行って、必要なものをバラして持って帰るか
ガソリンのエンプティーマークがでているが、どうにか車を動かしてでも取りに行くと言うので、
家や実家にあるストックと買い足したもので取り急ぎ荷物を送った。

今自分にできる事はこれだけ。
1週間や2週間で通常の生活に戻れる地区は一握りで、これからきっと長期戦になる。

だけど、今までの生活を取り戻すために、企業で働くたくさんの企業戦士達もまた
休みなく前へ進もうと震災後の現状と戦っている。

以前のように会社が動き出せば、雇用を生み出し、流通がスムーズ流れる手助けとなり、
限りなく復興への一歩を踏み出すきっかけにもなると・・・。

夫は命に直接関る仕事ではないが、やはり心配はある。
命に関る仕事をしている方々の家族の不安は、想像もできない程大きいはず・・・。

阪神大震災の時、新聞やニュースで取り上げられたいた事を少し思い出した。
誰かに何かをしてもらってあたり前の状況ができ、
人々は依存心が強くなり、不平不満ばかりが噴き出した事があった。
そんな時メディアでは、「出来る人がその時できる事を」と何度も報道されていた。

行政に働きかけたり、ブログやミクシー、ツイッター、フェイスブックなどを使って
誰かと繋がっていき、正しい現状を伝え組織などに働きかけたり、
HELPサイン出したりする事も一つの手段のように思える。
何かが動くかもしれない・・・、変わらない事もあれば、変わる事もある。
以前ボランティアに携わっていた頃、そんな風に思えた瞬間がある。

今私にできる事、小さな脳みそと小さなハートを使って考えながら
過ごし続けていたいと思える・・・。

できる人がその時できる事を・・・父の不在が続く中、朗らかで元気でいてくれる
今一番近くにいる息子をぎゅっ~する事、時には抱きしめながら眠る事。
不安を跳ね返すタフな心で息子の目を真っ直ぐに見つめる事。
その小さな手を繋いで一緒歩いて笑う事。
息子を乗せた自転車で風をきりながら、大声出して一緒に歌を歌う事。

トーマス電車


我が町にトーマス電車が再び動き出す事になりました。
前回は遊園地のイベントの為だったのですが、今回は映画の公開との絡みのようです。
車内も車体もパワーアップして、大人も見ていて楽しいです。
不定期での運行ですが、今日は出発式のイベントの為、お昼までずっと駅に停車していました。

駅には同じ保育園のお友達がいっぱいでした。
教室ではトーマス電車の話題で持ち切りだったようです。

この日は卒園式で、年長さんを送りだす為、年中児達も参加です。
午前中に式が終わり、もうダッシュでトーマス列車を見る為の電車に飛び乗りました。

いつもは一番最後に出てくる息子が、一番最初に準備を済ませて飛び出して来た事に
ビックリの母です。

子供達はハイテンション、駅の待合室や駅のホームまでもがトーマス仕様です。
頑張ってるね京阪電車♪
2011-03-19-2.jpg


子供達の夢を乗せて、いつまでも走らせ続けて欲しいと願う母です。
      
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おひさま

  • Author:おひさま
  • 自称食いしん坊で可愛い?酒飲み
    私達のごくありふれた毎日
    小さな幸せ探しの旅は続く・・・
    豊かでしなやかな心を持ちたい
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